CRCの親友のおかげで鬱から立ち直れそうです

今から6年程前、当時勤めていた会社で長時間労働を課せられていました。
さらに上司からの強いプレッシャーに、体力・精神面で徐々に疲弊していきました。
とうとうほんの些細な事で公衆の面前でも突然泣き出してしまったり、日々生きていく事がつらいと感じるようになって、行動を起こすのもつらくなってきました。
あきらかに「おかしい」と感じた私は、近所の心療内科に連絡。
「精神科、心療内科にかかると偏見の目に晒される」
「薬漬けにされる」
等のネット上の噂や思い込みがあったものの、何かあれば医療関係の職に就いている親友に相談すればいいと考え、思い切って予約を取って受診しました。

いざ受診の際、待合室で待っている周りの患者さんを見てみると、他の患者さんは一見すると普通の人達ばかり。
あえて違いがあるとすれば、他の科の病院より患者さんが喋っている割合が少ないかな?と言った程度でした。
そこの医院は患者さんへの配慮からか、呼び出しの際、名前ではなく診察券の番号で呼ぶのが特徴的でした。

私の番号が呼ばれ、まず初診という事で問診。
医院の先生では無く、恐らく臨床心理士の方でした。
精神の問題のため受診に至った経緯、現在の状況の他、他の科ではまず聞かれる事のない家族構成や信仰している宗教があるか?等の質問もありました。

一通りの問診が終わった後、暫く待合室で待った後に先生の診察の実施。
先生は女性の方でしたが、終始やさしい口調で私と話し、「会社の人ももっとやさしくしてくれれば良いのにね」等、「あなたは悪くない」「あなたの話している事はもっとも」といった言葉を返してくれました。

そして「うつ状態」と診断され、しばらくの休養を勧められました、
それに伴い診断書も書いて頂き、会社を休職。

診察が終わり、薬を処方され代金を支払い帰宅。
薬は「セロトニン再取り込み阻害薬」と「抗不安薬」、更に不眠もあったため「睡眠導入剤」も処方されました。
薬の副作用の心配もあったものの、先に書いたCRCの親友に処方箋を見せ、これなら大丈夫と背中を押してくれたので、服用を続けることが出来ました。
CRCには最近転職したらしいのですが、私からみれば薬のプロです!
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薬に関して言えば、かかりつけの先生よりも信頼しています。

一か月程休養して服用を続けると、かなり精神面が落ち着いてきました。

うつは完治までに時間の掛かる病気と言われ、(この事は心療内科の先生の他にかかりつけの別医院の内科の先生にも言われました)
あせらずゆっくりと治療していく必要があるとの話でした。

その後、激務に耐えられないと判断しその会社を退職。
何とか現在まで過去の最悪の状態にまでは落ち込まずに済んでいます。

30代におすすめの婚活サイトってどこよ?

私、憧れの人と婚活サイトを通じて結婚しました!30代のバツイチの私がですよ!!

出会いは私が中学1年生の時でした。
彼は2つ年上の中学3年生で、サッカー部のキャプテンをしていて絵に描いたようなイケメンの彼に、女子たちは用具入れの倉庫の陰からキャーキャー言いながら、グラウンドを走り回る彼に釘付けになっていました。
来る日も来る日も倉庫の陰から取り巻き女子たちに混ざって、キャーキャー言っているだけの日々。

何人もの女子たちが彼に告白しては玉砕されるのを見て、私はとうとう彼が在学中に胸の内を告白することが出来ず、彼は卒業してしまいました。
卒業式の日は別れが辛く、彼を一目見ることもせず、部活に打ち込みました。

彼の制服のボタンは、袖のボタンまで全部なくなっていた聞きました。
その後は彼と会うこともなく、彼は淡い淡い恋の1ページとして記憶の中の人となりました。
あの日から7年、20歳になった私はバツイチ子持ち。
母の居酒屋を手伝いながら、息子を育てていました。

そんなある日、お店の向かいに何と彼が引っ越して来たのです。
彼は家業の理容店を継ぎ、母の居酒屋の前にお店を建てたのです。
それからまもなく、彼がお店にやって来ました。

婚約者を連れて…
私はバツイチ子持ちの身、彼はもうすぐ結婚する身。
7年越しの再会は、淡い恋心の結末を突きつけられたような、悲しく切ない再会となってしまいました。
それから度々、彼はお店に立ち寄ってくれるようになり、少しずつ話しをするようになるうちに、私の中に昔の感情が蘇り始めました。
しかし私はバツイチ子持ち。
好きだなんて言える分けない。

そうだ、彼はもうすぐ結婚して幸せになるんだ。
彼が幸せならそれでいい。
そう自分に言い聞かせていました。
そんなある日、彼が婚約者と別れてしまったのです。
原因は彼のお母さんと折り合いが悪かったからと聞きました。

彼が別れても私はバツイチ子持ちに変わりなく、お付き合いの対象外だと思っていたので今まで通り接していました。
ところがその日、私は仲の良かった友達と飲んでいてかなり酔っていました。
酔った私の前に彼がやってきて、私はつい昔話をしてしまったのです。
あなたが憧れの人だった…と。
そして30代におすすめの婚活サイトに登録したんです。<<⇒ http://xn--30-w73aoca4vrixe8g0691afm0abm1c.com/>>

その日からお互い意識するようになり、私は自分から告白すると言う大胆な行動に出ました。
ずっと好きでし…と、私の言葉を遮るように、彼が『告白は女の子からするもんじゃないよ。俺と付き合ってくれる?』と言ってくれたのです。
あれから25年が経ちました。

彼の名字に変わってから23年が経ちました。
憧れの人と結婚した私は、今でも幸せに暮らしています。

婚活サイトで知り合った彼と交際8ヶ月のスピード結婚

私の名前はまなです。33歳、結婚7年目で現在は2人の子供と4人暮らしです。
今の主人と知り合ったのは、婚活サイトでした。最初の印象はは優しい人だなと思い、その後、何度か食事に行く感じでした。
その時、私は仕事が忙しく、なかなか主人と会えずにいたのですが、出会って3ヶ月が過ぎた頃、お互いの友達も呼んで、みんなで飲みに行くことになりました。それがきっかけで以前より主人と仲良くなり、2人でよく遊ぶようになったのがはじまりで付き合うことになり、そのまま同棲を始めました。

最初から気を遣うこともなく家族のような感じで、何でも話すことが出来たのが結婚を意識するきっかけだと思います。同棲を始めて2ヵ月を過ぎた頃、結婚するならこの人だなと強く感じました。生活スタイルがよく合ったからです。

主人とは同棲しているときから毎晩晩酌をします。食べ歩きも好きで、よく一緒に行っていました。好みも遊びも似ている所がありますが、しっかり自分を持っている人です。そして、私は子供が大好きなので結婚したら子供は絶対欲しいと思っていました。そんな時にアルバイト先の方の子供と主人が遊んでいる姿を見て、この人なら子供も大切にしてくれそうと思い、未来を想像することが出来ました。

もちろん好きな気持ちはとてもあったのですが、恋愛と結婚は別と考えていた私にはぴったりな相手でした。それからお互いに結婚の話や子供の話しをし、決定的なプロポーズがあった訳ではないですがお互いに宜しくお願いしますと話をしました。

結婚をきめてからはあっという間でした。付き合い始めて8ヶ月後に入籍し、その2カ月後に結婚式をしました。海外挙式も憧れていたのですが、自分達に関わる人をたくさん招待したい気持ちもあり2人の地元で結婚式を行いました。結婚式のことはいまでも鮮明に覚えています。両親、家族、友人、職場の方々に祝福して頂きとても暖かい披露宴になりました。地元で結婚式をして本当によかったと思っています。そして、自分に合う主人に出会い結婚し、子供たちと一緒に居られることがとても幸せです。

私たちが婚活サイトで出会ったということに驚いた友達もいましたが、幸せそうな私たちを目の当たりにして婚活サイトへの偏見?がなくなったのか、何人かの友達に婚活サイトを紹介してほしいといわれました(笑)でも、知り合いにバレるのは恥ずかしいという子もいたので、そいう友達には【婚活サイト バレない】というサイトをおすすめしました。

交際1年未満で結婚を決めましたが、結婚は決して交際の長さではないと思います。お互いを思いやる気持ちを大切にしていると上手くいくものだと思っています。
アルバイトを紹介してくれた友人にも感謝の気持ちでいっぱいです。これかも家族仲良く過ごしていけるように思いやりを忘れずにいこうと思います。

離島にある内科の門前薬局の薬剤師さん

内科でも湿布が処方される事に驚き

実際に自分で体験した話ではないが、かかりつけの内科に通院した時に遭遇した内容です。待合室でテレビを見ながら順番を待っていて、名前を呼ばれたので診察室の前に行きました。その時に高齢者の夫婦も一緒に呼ばれたので、中に入っていきました。診察室に呼ばれるまで待っていたら、先に高齢者の夫婦が入っていきました。その病院は診察室の扉はドアではなく、カーテンだけなので話が聞こえてしまいます。

そのために、聞きたいわけではないが聞こえてしまいます。聞こえてきた話が、おばあさんが先生におじいさんが家で良く転ぶと言っていました。待合室から呼ばれた時も、おじいさんの隣におばあさんが肩を持って反対側に看護師さんが肩を持って歩いていました。一人では歩くのが、難しい感じでした。それなら、転ぶ事が多くても仕方ないと思いました。

しかしここの病院は内科なので、転ぶのなら整形外科に行くべきではないのかと思いました。先生は優しい先生なため、整形外科に行くようにとは全く言わずに丁寧に診察をしていました。骨折していたら整形外科でないと治療が出来ないですので、整形外科に行くように促したと思います。おじいさんはそこまでは悪くなかったため、湿布を処方されていました。内科でも湿布が処方されるとは知らなかったので、その時驚きました。専門的な治療を必要な時はきちんと専門の科に行かないと駄目ですが、軽い症状であれば内科でも対処出来る事が分かりました。

そのため若い人なら簡単にどこの病院でも行く事は出来るが、高齢者になると地方では車がないと病院に行くのに遠くていけない場合もあるため助かると思いました。またもしも内科で治療が出来ない事が分かったら、専門の科に行くように紹介してもらう事が出来ます。かかりつけの病院を持っている事は、とても大切な事であると思いました。それまでは特に気にする事はなかったため、かかりつけの病院の存在の意味を知った気がしました。同様にかかりつけ薬局も大事だな、と痛感してしだいです。
やっぱり専門家は大事ですね。もし離島に赴任するつもりの薬剤師さんがいたら、<<薬剤師求人離島>>このホームページを参考にして下さいね。

これからの介護サービスがどうなっていくのか心配

介護私は、独身時代は介護職として要介護高齢者の入所施設で働き、その後はデイサービスで働いてきました。
介護の仕事に携わる中で感じていたのが、サービスを受けたいという人は次々と出てきて高齢化が深刻になっているのに、サービスの側が整っていないということです。

その原因の一番になるのが、介護職に対する対応の悪さです。
介護職は介護をする上で体に負担をかけながら行うハードな仕事ですし、認知症の人の相手も日常的にします。
さらには夜勤があったり不規則勤務で、施設では土日祝も年末年始も関係なくシフトが組まれています。

そういった労働環境なのに、介護職に対する待遇は決して良くなく、他の仕事と比べて年収が低いのです。
年収が低い、きついといったことから、この業界で働こうという人を確保して質を上げられないという問題があります。
外国人労働者をたくさん呼び込んだり、将来的にはロボットに担わせるという発案もあるようですが、それで心が通う介護ができるのかと疑問を感じます。

また、介護保険制度の維持ということにも課題があります。
40歳以上の人が支払う介護保険料によって制度が成り立っていますが、サービスを受ける人の割合が多く、その人たちのサービスを1割負担で利用してもらっているという現状で、国の負担がふくらむばかりなのです。
介護保険料だけではまかなえませんし、それを補てんし、これからますます費用負担が増えていくことが考えられます。

そういった中で、現状の介護保険の仕組みでは破たんしてしまうという危機感があるのが、現状です。
担い手が少ない、そして保険料がふくらんでいく、今後少子高齢化により介護を受ける人が増えていくということを考えると、介護の問題はこの先かなり深刻なものになっていくと考えられます。

介護を社会で担う仕組みづくりとして介護保険制度が創設され、介護を受ける人の負担は大きく軽減されました。
しかし、今のままの状態で維持していくことは難しく、その対策を国がなるべく早く行う必要があると感じています。